今学期のふりかえりと個人学習プロジェクトの最終報告
おはようございます。
今回のブログは今学期最後のブログだそうですね。そこで、今学期をふり変えってみようと思います。
今学期は大学生活の最後の学期だったので、授業をもっと楽しんだり、ゆっくり過ごしたり、成績についてあまり気にしすぎないようにしていました。そのため、日本語の授業はもともと一番好きな授業でしたが、今学期は特に一番楽しかったと思います。もちろん、専攻の授業も大切でしたが。。。。。
とにかく、学期が終わって、今はとても嬉しいです。ついに卒業式が来ました!この後は大学院に進学するつもりで、新しい経験としてとても楽しみにしています。
今学期、日本語の授業で一緒に頑張ってきて、皆さん本当によくできたと思います。面白い読み物を読んだり、難しい漢字や単語を学んだり、新しい文法や書き方の特徴を勉強したりして、皆さんがどんどん上達していくのを感じました。私も一生懸命頑張って、皆さんのように上手になりたいです!また、皆さんの発表のおかげで、日本の文化や芸術についてたくさん学ぶことができました。お世話になりました。心からありがとうございました!
では、これからも皆さんを応援しています。頑張ってください!素敵な人生を!※\(^o^)/※そして、これは私の個人学習プロジェクトの報告です。
プロジェクト最終報告
*「だ・である体」で文章をタイプで書いてください。(1,500字以上)
タイトル「芸者と舞妓」
1. 起 (introduction):トピックの説明、選んだ理由
1997年に、有名な芸者である岩崎峰子の経験を元にした「小百合」という本が出版された。この本は芸者という存在について外国にさえ大きな影響を与えたが、内容は事実と異なり、日本では問題作となった。そこで、岩崎峰子は作家アーサー・ゴールデンを訴え、勝訴したそうである。しかし、多くの外国人は映画を本当のこととして信じてしまい、芸者についてよくないイメージを持つ傾向が見られる。私もその一人であったが、日本の文化について勉強するうち、そのイメージも変わってきた。そのため、この個人学習プロジェクトで勉強の機会として芸者についてもっと詳しく調べ、クラスの皆さんと話し合いたいと考えた。そのため、トピックとして芸者と舞妓を選んだ。
まず、芸者とはどのような存在なのであろうか。芸者は、花街に住み、置きやで働き、三味線や日本舞踊、書道などといったさまざまな日本の伝統芸術を身につけた芸能者である。「芸者」という言葉は、芸術の「芸」と人を表す「者」から成る言葉である。英語に当たる言葉はあまりないが、似ているのはおそらく「Virtuoso」や「Maestro」のような言葉だろう。
実は、18世紀に生まれた芸者は、もともと男性だったそうであるが、段々女性も芸者になるようになった。現代では、芸者はほとんど女性であり、女性の仕事というイメージが強くなってきたそうである。また、芸者は「芸妓」とも呼ばれているが、現在、「芸妓」という言葉は主に京都で使われている。最初に外国人が日本に来た時、主に東京や港町を訪れたので、海外では「芸者」という呼び方が広まり、有名になったと言われている。
2. 承 (content 1):前半(中間報告まで)と後半の成果
では、芸者の美容の特色はどうであろうか。実は、昔は電気がなかったため、夜になると真っ暗になり、蝋燭の火を使っても見えにくかった。そのような状況でもきれいに見えるように、芸者は白塗りをし始めたそうである。白塗りとは、顔だけでなく首も白く塗り、首をもっと長く見せるための化粧のことである。まず、汗を防ぐために油を塗り、眉をつぶし、刷毛で白粉や砥の粉を塗る。さらに、首の後ろに二本の襟足を描き、特別な行事のためには三本描くこともある。また、目の周りに黒い化粧をし、唇に紅を塗るそうである。そして、特別な行事のために足や手も白塗りをすることもある。だいたい30分から50分ほどかかるが、芸者はこれを毎日するそうである。化粧の仕方は段階によって異なるが、基本的な方法はほとんど同じである。
次に、芸者になるまでにはどのような段階があるのか。一人前の芸者になるまでには五つの段階があり、だいたい六年ほどかかるそうである。
最初の一年間は「仕込み」として花街に住み、厳しい生活やルールに慣れる。また、楽器や踊りの稽古を受け、先輩の芸者や舞妓のお世話をし、家事をしながら着物の着方にも慣れていく。仕込みの間は化粧をあまりせず、機能的な着物を着るそうである。仕込みの期間に置き屋のお母さんに認められると、舞妓になることができる。
芸者になる前には、「見習い」として先輩の舞妓や芸者と一緒にお座敷に行き、あまり話さず、落ち着いて見習うことが大切だそうである。この期間は二週間から一か月ほどである。見習いの化粧は白粉を使い、舞妓とほとんど同じであるが、着物は舞妓よりも少し簡単な着方をする。特に、明るい色の訪問着と半だらりの帯を着け、割れしのぶの髪型にかんざしをつけ、おこぼを履く。
舞妓になる時には「店出し」というお祝いがある。店出しは、舞妓としてデビューする大切な儀式である。選んだお姉さんと三々九度をしたり、近所の人たちに挨拶をしたりする。三々九度は、もともと結婚式で行われる儀式で、三つの盃から三回ずつお酒を飲み、強い絆を表す儀式である。店出しの日は、舞妓に最も大切な日だと言われている。その後、本格的に舞妓として活動するようになる。舞妓は、芸者になる前の見習いのような段階である。舞妓は白粉をし、下唇だけに紅を塗る。また、振袖の着物を着て、7メートルのだらりを巻き、花を象ったかんざしをつけるそうである。さらに、舞妓の襟は赤色で華やかなのが特徴である。
その後、「襟替え」という儀式を行い、正式に芸者になる。襟替えは、舞妓を卒業して芸者になる大切な儀式であり、襟は赤色から白色に変わる。店出しと似ているが、店出しは新しく舞妓になった人を祝う行事であり、襟替えは新しく芸者になった人を祝う行事である。そして、小袖の着物を着るようになり、髪型はさっこになり、草履を履くようになる。また、髪型も自分の髪だけで結うようになり、舞妓の時よりも自由度が高くなるそうである。そして、芸者として踊りや音楽をもっと専門的にできる。化粧は舞妓よりも落ち着いたものになり、白粉をしてもしなくてもよいが、眉を整え、刷毛で白粉や砥の粉を塗り、唇には上下とも紅を塗るそうである。また、芸者は年齢を重ねていくと、化粧をあまりしなくなる傾向があると言われている。
その後は、芸者として長く働き続けることもできるが、引退する場合には「店を退く」形になる。多くの場合、その頃には三十歳以上になっているため、新しい仕事を見つけるのは難しい。そのため、多くの引退した芸者は置き屋のお母さんとして働き続ける傾向が見られる。
これは私の個人的な意見であるが、芸者になるためには人生も魂も捧げるほどの覚悟が必要だと考えられる。本当に心からなりたいという強い気持ちがなければ、続けるのは難しいのではないだろうか。
最後に、芸者が守らなければならないルールにはどのようなものがあるのか。最も大切なルールの一つは、芸者は結婚してはいけないということである。引退した後で結婚してもよいが、それまでは仕事に人生を捧げているようだと言われている。しかし、結婚していなくても子供を持つことは許されるそうである。ただし、父親は花街の生活に関わることができない場合が多いと言われている。
そして、芸者の話し方にはどのような特徴があるのであろうか。一般的に学ぶ日本語とは違い、芸者は古い京都弁に似た「花街言葉」と呼ばれる言葉を使う。花街言葉は主に京都の五つの花街で使われているため、日本人にもかかわらず理解することが難しいと言われている。そのため、舞妓になる前にこの花街言葉を自然に話せるようになる必要があり、東京や沖縄など京都以外の地域から来た人にとっては、特に大きな努力が求められる。また、花街言葉は非常に丁寧で女性的な話し方である点も特徴の一つである。
では、花街言葉には具体的にどのような表現があるのであろうか。例えば、「ありがとう」に当たる言葉として「おおきに」が使われ、「よろしくお願いします」は「よろしゅうおたの申します」と表現する。また、動詞の否定形では「〜ない」や「〜ません」の代わりに「〜へん」を用いる。さらに、語尾に「やす」を付けて「お疲れやす」「おやすみやす」のように言う。「どす」は標準語の「です」に当たる丁寧な表現であり、改まった場面で使われる。また、「おいでやす」「お越しやす」といった挨拶も特徴的である。このように、花街言葉は関西方言をもとにしているが、それより柔らかく丁寧な印象を与える言葉である。
そして、芸者や舞妓だけでなく、花街で働く人々も花街言葉を使うことがあるそうである。普段は関西弁や京都弁を話しているが、相手や状況によって花街言葉を取り入れることで、優雅で上品な印象を与えることができると言われている。ただし、日常的に頻繁に使われるわけではない。また、大阪弁と似ている部分もあるが、アクセントなどに違いが見られる。
では、芸者や舞妓が生活する場所はどのような構造になっているのであろうか。芸者や舞妓の社会は「花柳界」と呼ばれ、各地の花街によって構成されている。花柳界は置屋、料亭、検番、歌舞練場など、さまざまな施設から成り立っている。それぞれが役割を持ち、一つの社会のように機能しているそうである。また、伝統的な社会でありながら、母系的である。
まず、置屋は芸者や舞妓が生活する場所であり、「お母さん」と呼ばれる女性が中心となって運営している。お母さんは服装の準備や生活の世話などをし、芸者や舞妓を娘のように支える存在である。
そして、お茶屋は芸者や舞妓が客を持て成す場所であり、「お座敷」と呼ばれる宴席が行われる。もともとは茶や菓子を提供する場所であったが、次第に格式の高い接待の場所に変化したとされている。お座敷では、客が食事や会話を楽しみながら、芸者や舞妓の踊りや音楽を鑑賞することができる。また、多くのお茶屋は長い歴史を持ち、代々受け継がれている。さらに、「一見さんお断り」という習慣がある。つまり、常連客の紹介がなければお茶屋に入れない。そのため、お茶屋は閉鎖的で神秘的な存在であると言える。
その他の施設には料亭もある。料亭は食事を提供する場所であり、客は芸者や舞妓と一緒に食事を楽しむことができる。また、検番は芸者や舞妓のスケジュールや報酬を管理する役割を担う機関であり、花柳界の運営をする重要な役割である。さらに、歌舞練場は公演や稽古が行われる場所であり、一般の観客も伝統芸能を鑑賞することができる。
最後に、観光客として芸者や舞妓と接する時にはどのような点に注意した方が良いであろうか。まず、道で見かけた場合には無理に話しかけたり触れたりせず、適切な距離を保つことが重要である。また、正面から写真を撮ることは避け、迷惑にならないことも必要だ。もしお座敷に参加する機会があれば、服装や礼儀に注意し、挨拶の時にはお辞儀をするなど丁寧な態度が求められる。写真撮影が許可されても、フラッシュを使わない方がいい。そして何よりも、敬意を持って接することが最も重要である。
3. 転 (content2):大変だったこと、頑張ったこと
芸者については、これまで多くの質問に答えることができたが、その一方で、新しく調べたい内容を見つけることが難しくなった。何を調べればよいのか分からず、インターネットで芸者と関係がある情報を探し続けることが多くなった。まだ勉強することは多くあると考えられるが、具体的な質問を立てることが難しく、情報を見つけることも難しかった。そのため、芸者に直接関係する内容だけでなく、少し周辺的なことについても調べるようになった。面白く、勉強になったが、効率的に学習を進めることができないと感じた。
4. 結(conclusion): プロジェクトが終わった今の気持ち、これからの目標
このプロジェクトを通して、芸者について多くのことを勉強し、よく成長できたと感じている。しかし、その一方で、まだ知らないことや理解が足りない部分も多く、これからも学び続けたいと思う。また、これまでの調査のため、最近、芸者に関する動画や情報を目にする機会が増えた。そのため、今から新しい情報を得やすくなり、学習を進めていきたいと考えている。
さらに、いつか京都に行き、芸者の文化を実際に体験してみたいと考えている。例えば、芸者の化粧体験ができるワークショップや参加できるお茶屋などがあると聞いた。そのような機会を通して、今回の調査だけでは分からなかった部分も実際に感じてみたいと思う。



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